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東京地方裁判所 平成5年(ワ)23965号 判決 1995年12月08日

原告

吉田静江

右訴訟代理人弁護士

木村和俊

川本慎一

吉川知宏

被告

株式会社ダイエーオーエムシー

(合併前の商号リッカー株式会社)

右代表者代表取締役

佐々木博茂

右訴訟代理人弁護士

阿部昭吾

伊藤尚

細田英明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告に対し、金三億三〇一八万三〇〇〇円及び内金一億一〇〇六万一〇〇〇円に対する昭和六一年七月一六日から、内金一億一〇〇六万一〇〇〇円に対する昭和六二年一一月二一日から、内金一億一〇〇六万一〇〇〇円に対する平成四年一二月二四日からそれぞれ支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  原告は、昭和三一年七月一六日、日本土地株式会社(その後、同社は、日産土地株式会社、リッカー不動産株式会社と商号を変更)に対し、リッカー会館本館の敷地の一部である別紙物件目録記載の土地(以下 本件土地という)を賃料坪当たり一か月金三三〇円、期間三〇年、無断転貸禁止の特約を付して賃貸した(以下 本件賃貸借契約という)。(争いがない)

二  本件借地権の譲渡

1  被告(リッカー株式会社)及びリッカー不動産株式会社は、昭和五九年八月二二日、東京地方裁判所に対して会社更生手続開始の申立てをし、同裁判所は、昭和六〇年二月一八日、被告及びリッカー不動産株式会社に対する会社更生手続開始決定を出した。その後、昭和六二年二月一七日にダイエーグループがリッカー不動産株式会社及び被告を支援することとなり、昭和六二年九月一一日、株式会社ダイエーの代表取締役会長兼社長である中内功がリッカー不動産株式会社及び被告の管財人に、同社の代表取締役副社長である河島博が管財人代理にそれぞれ選任された。同裁判所は、昭和六二年一一月二〇日、リッカー不動産株式会社及び被告の会社更生計画を認可する旨の決定を出し、同日、リッカー不動産株式会社は被告に吸収合併された(以下 本件合併という)。

本件合併は、リッカー不動産株式会社の有する土地・借地権の含み益を利用して被告の再建を図るというもので、本件合併による利益はもっぱら被告が享受しており、その実体は、リッカー不動産株式会社が有していた土地・借地権の被告への譲渡である。

被告は、昭和六二年一一月二〇日、リッカー不動産株式会社から本件土地の賃借権(以下 本件借地権という)の譲渡を受けた。

2  被告は、昭和六三年三月一日、更生計画認可前の発行済み株式一億六〇九二万五八一八株を無償で償却して新株を二〇〇〇万株発行し、昭和六三年三月一日に右新株を株式会社プランタン銀座に割り当て、資本金を金一〇億円とする増資の手続を行った。さらに、被告は、平成四年一二月二三日、資本金を金二四億八〇〇〇万円増加して金三四億八〇〇〇万円とし、株式会社ダイエーが右全株を引受けた。

被告が発行した新株の発行価格は一株金一五五〇円であり、株式会社プランタン銀座は合計金三一〇億円の株を金一〇億円で取得したこととなり、膨大な含み益を得たこととなる。当時、株式会社プランタン銀座は、累積赤字をもつ会社であったが本件借地権を含む資産の含み益を利用して、右累積赤字を解消することを企図した。

被告の減資・増資の手続は、実質的には本件借地権を含む資産の譲渡に該当するというべきである。

三  更新料の支払い

1  原告は、昭和六一年六月一二日、被告と本件賃貸借契約の更新に際しての更新条件に関する交渉を行い、更新料として借地権価格の一〇パーセントないし七パーセント程度の支払いを求めた。被告は、近く作成される会社更生計画案の中に盛り込まれる本件借地権部分を含めた不動産譲渡処分が具体化した際に、借地権譲渡承諾料の中に更新料を付加して考えたい旨の提案をした。

原告は昭和六一年一〇月二八日被告に到達した内容証明郵便で更新料及び譲渡承諾料の金額を提示したが、被告は昭和六一年一二月一一日付の内容証明郵便で更新料の支払いは拒絶するとの回答をしたが、その後、原・被告は、昭和六二年九月二日に更新料・譲渡承諾料に関する話し合いを行った。その際、被告は、更生計画案の中ではリッカー会館を売却することとなっていることを明かにし、また、昭和六三年二月末ころ株式会社ダイエーが被告の株式を取得する見込であるから、地代の値上げや更新料については相場にしたがって対処できること、更新料の支払いについては一括でなく分割払いとしたい旨の提示した。昭和六二年九月一六日及び昭和六三年二月一八日に行われた交渉の際にも、被告は、更新契約書を作成したいことと共に更新料等については相場にしたがって支払うことを述べた。

右のとおり、被告との更新料の支払いに関する交渉は、被告が会社更生の手続中であったため具体的な金額に関する交渉へ進展しなかったが、被告は、右交渉の過程において、その支払い自体は承諾していたものであるにも関わらず更新料の支払いをしない。

2  東京都内、特に銀座地区においては、地価が高騰しており、長期の借地契約では、賃料の増額が地価の高騰に追いつかず、適正賃料額と現実の賃料額との差額が拡大する傾向にある。そのため、銀座地区における賃貸借契約では、更新料が支払われるのがほとんどである。更新料支払いの合意が存しないとしても、慣習あるいは慣習法に基づいて更新料の支払いを請求することが出来る。

四  譲渡承諾料の支払い

1  原告は、昭和六一年一〇月二八日到達の内容証明郵便でリッカー不動産株式会社の管財人に対し本件賃貸借契約の更新料及び譲渡承諾料の金額の提案を申入れたが、被告は、昭和六一年一二月一一日付内容証明郵便で更新料の支払いについては拒絶する旨の回答をしたが、その後も、交渉が継続され、昭和六二年九月二日及び同月一六日に更新料・譲渡承諾料等についての話合いがなされた。その際、被告は、金額はともかく譲渡承諾料の支払いについては承諾をしていたものである。

2  本件賃貸借契約は譲渡禁止の特約が付されているが、右特約は、賃借人において無断譲渡がなされたが、原告が、解除権を行使しない場合は、譲渡承諾料の支払い義務を発生させるという合意を内包するものである。

五  原告は、被告に対して、本件賃貸借契約の更新料として金一億一〇〇六万一〇〇〇円及びこれに対する更新時である昭和六一年七月一六日から、日本土地株式会社からリッカー不動産株式会社に対する本件借地権の譲渡の承諾にともなう承諾料として金一億一〇〇六万一〇〇〇円及びこれに対する本件借地権譲渡の翌日である昭和六二年一一月二一日から、リッカー不動産株式会社から被告に対する本件借地権譲渡に対する承諾料として金一億一〇〇六万一〇〇〇円及びこれに対する本件借地権譲渡の日の翌日である平成四年一二月二四日からそれぞれ支払い済みまで商事法定利率である年六分の割合による金員の支払いを求める。

第三  争点に対する判断

一  証拠により認める事実

本件各証拠(証人木村和俊、同山本謙三、同加藤昭弘、甲第一、第四ないし第七、第九号証、乙第二、第五、第九号証)によると、原告は、昭和三一年七月一六日に日本土地株式会社(昭和三一年八月二二日に日産土地株式会社と商号を変更し、さらに、昭和四七年一一月一日にリッカー不動産株式会社と商号を変更)に対して本件土地を期間三〇年、第三者に対する譲渡並びに転貸借禁止の特約を付して賃貸したこと、リッカー不動産株式会社は、昭和六〇年二月一八日、リッカー株式会社と共に東京地方裁判所において会社更生手続開始決定を受け、阿部昭吾が管財人、細田英明(以下 細田という)が管財人代理にそれぞれ選任されたこと、原告は、昭和六一年四月ころ、被告に対して、昭和六一年四月分以降の地代を一二パーセント増額したい旨の申し出を行ったが、被告側は、会社更生の手続中であることから、公租公課の増額分に相当する程度の値上げにしか応じられないとの回答をしたこと、原告は、昭和六一年六月一二日、被告の右提示した賃料の改定率では応諾することが出来ないし、本件賃貸借契約の三〇年の賃貸借期間が満了することから、賃貸借契約の更新条件についても協議を行いたい旨を申入れ、更新料として借地価格の一〇ないし七パーセント程度を支払ってほしい旨を提示したこと、原告は、被告から昭和六一年七月一五日付書面で本件賃貸借契約の期間満了後は法定更新としたいとの回答を得たが(甲第四号証)、これに対して、原告は、被告が更生計画案を作成するにあたり、本件土地賃貸借契約の更新料並びに将来考えられるという借地権譲渡承諾料を確定することは必要不可欠なものと考えているので一日も早く具体的な提案をお願いするとともに、地代の増額についても原告の請求は根拠のあるものであるから、被告の提示した公租公課の増徴分の増額回答は認めることは出来ない旨を記載した昭和六一年一〇月二七日付内容証明郵便(甲第四号証)を被告に対して送付したこと、被告は、昭和六一年一二月一一日付内容証明郵便で、更新料の請求については、最高裁判所の裁判例等により更新料の支払い義務はないものと理解しているので、更新料の支払いについての請求には応じられないところであり、この点については、東京地方裁判所民事第八部にも相談した結果であるとの回答をすると共に、賃料の増額については、公租公課の増徴分との回答をしたが、その後種々検討した結果、改めて現行地代の八パーセント増額の地代としたい旨の回答をしたこと(甲第五号証)、昭和六一年一二月、昭和六一年度の賃料額は八パーセント増額して一か月金一〇〇万五三八〇円とすることで合意が成立したこと(乙第二、第五号証、証人加藤昭弘)、原告は、昭和六二年四月ころ、昭和六二年度の本件土地の賃料の増額請求を行い、昭和六二年九月二日の原・被告の接渉の際には、賃料の増額と共に更新料の請求も行ったが、被告側は、更新料の支払いについては裁判所の管理下にあることから支払うことは出来ない等と否定的な回答を繰り返したこと、昭和六二年九月一四日にダイエーの中内功会長兼社長がリッカーの管財人に就任するとの新聞報道がなされたところ、原告は、被告に対して、至急に更生に関する説明をすることを強く求めたので、昭和六二年九月一六日、被告の管財人補佐山本謙三、総務課長加藤昭弘、リッカー不動産株式会社の不動産企画部三星敦、同課長入浜幹夫の四名が、挨拶状(甲第六号証の一)、更生計画の趣旨及び骨子(甲第六号証の二)をもって原告代理人に対し挨拶と説明に赴いたこと、その際、被告側は、右中内功が管財人に昭和六二年九月一一日に就任したこと、リッカー株式会社とリッカー不動産株式会社は昭和六二年一一月二〇日更生計画案の認可と同時に合併しダイエー副社長である河島博が社長に就任し、阿部管財人は辞任すること、昭和六三年二月末日に発行済み株式を一〇〇パーセント無償償却し、新たに二〇〇〇万株の株式申込みをして新しい資本額を金一〇億円とすること、リッカー会館の土地、借地権は売却する予定であること等の事情を説明したこと、原告からは、その際、原告は承諾料に関する請求がなされたので、更生計画においては、リッカー会館は売却される予定となっていたことから、売却された場合には譲渡承諾料の支払いをすることもあり得るということを話したことの事実が認められる。

二  更新料について

1  更新料の支払いに関する合意

本件賃貸借契約においては更新料の定めはなされていない。

前記認定した事実によると、原告は、昭和六一年度及び昭和六二年度の土地賃料の改定の際に、被告に対して、本件賃貸借契約の期間が満了することから更新料の支払いを求めていたことが認められる。ところで、前記のとおり、被告は、原告からの更新料の支払い請求をした内容証明郵便に対して、原則として支払い義務のないこと、東京地方裁判所の会社更生裁判所からもその旨の指示を受けていることを理由として、更新料の支払いには応じることが出来ない旨を内容証明郵便で回答しているところである。原告は、その後も本件賃貸借契約に基づく地代の増額に関する交渉の際に、更新料の支払いを求めていた経緯は伺われるが、被告は、更新料の支払いについては、拒絶的な態度を示していたものであり、原・被告間において、更新料の支払いを前提として、その支払い金額や支払い方法、支払い時期等の具体的な協議が行われ、更新料の支払いに関する合意が成立したという事実も認められない。

したがって、原・被告間において、本件賃貸借契約の更新に際して、更新料の支払いに関する協議がなされたとしても、被告が、本件賃貸借契約の更新時に更新料を支払うことを約したと認めることは困難であり、本件全証拠を精査するも、原告主張の事実を認めることはできないし、他にこれを認めるべき適切な証拠もない。

2  更新料の支払いに関する慣習

土地の賃貸借契約の更新に際して、賃料を補完するものとして更新料の支払いがなされる事例の存することは否定し得ないところであり、東京都内、特に銀座地区においては、賃貸借契約の更新に際して、更新料が支払われる例が多くみられるが、これらの更新料の支払いは、賃貸借契約の更新時における更新条件等の協議に基づいた合意の結果、支払いがなされるに至ったもので、原告が主張するように、当事者間の更新料の支払いに関する合意が存しないにも関わらず、慣習あるいは慣習法に基づいて当然に更新料の支払いがなされたという事例は散見することはできない。したがって、東京都内、特に銀座地区においては、賃料の増額が地価の高騰に追いつかず、適正賃料額と現実の賃料額との差額が拡大する傾向にあることから、更新料の支払いが一般的に行われているとしても、右更新料の支払いが、慣習あるいは慣習法に基づいてなされているという事実を認めることはできない。

3  右のとおりであるから、原告の更新料の支払いの請求に関する主張は理由がない。

三  譲渡承諾料について

1  承諾料の支払いに関する合意について

(一) 前記事実によると、原告は、被告に対して、更新料及び譲渡承諾料の支払いを求めており、被告が昭和六一年一二月一一日付内容証明郵便で更新料の支払いについては拒絶する旨の回答をした後も、更新料の支払いについては交渉が継続され、昭和六二年九月二日及び同月一六日の交渉の際にも更新料の支払いを求めていたという経緯は認められる。こと、被告は、会社更生に必要な財源を得るために会社更生計画案においてはリッカー会館や土地の売却が検討されていたことから、本件土地が売却された場合には更新料の支払いを行う旨を話した経緯が認められる。しかしながら、原告は、本件合併あるいは株式会社プランタン銀座の新株引受については異議をとどめるものではないことを認めており、原告が主張するように本件合併あるいは株式会社プランタン銀座の新株引受が本件借地権の譲渡にあたるとしても、本件賃貸借契約にしたがって適法に本件借地権の譲渡がなされたというべきであり、原告側が本件賃借権の譲渡の承諾をするに際して譲渡承諾料の支払いを受けることを一条件として被告と交渉を行っていたという経緯は認められないし、原・被告間において、譲渡承諾料についての具体的な金額やその支払方法、支払い時期等については、何ら合意が成立していない。したがって、原・被告間において、譲渡承諾料の支払いに関する話し合いが行われたことは認められるが、その支払いに関する約束が成立したという事実を認めることは出来ない。

また、被告が、会社更生計画案の説明の際に譲渡承諾料を支払うことを話した経緯が存するが、これは、会社更生の手続を進めるにあたって必要な財源を得るために、会社更生計画案においてリッカー会館の土地や本件借地権の売却が検討されており、本件借地権の譲渡が当然に伴うことからそのような説明をしたものであると認められ、会社更生計画案の実行に基づく本件借地権の譲渡とは別個に譲渡承諾料の支払いが約束されたものでないことは、前記認定した事実により明らかである。

(二) 本件賃貸借契約は、譲渡禁止の特約が付されていることは当事者間に争いがない。

本件賃貸借契約の譲渡禁止の特約は、被告が予め原告の承諾を得なければ、第三者に対し、本件土地の賃借権を譲渡もしくは転貸してはならないことを定められたもので、本件賃借権の譲渡を承諾するに際しては、当然に譲渡承諾料を支払うことが右条項に含まれるものと解することは出来ないし、右条項を定める際に、原告が主張するような趣旨のもとに合意が成立したという事実を認めることも出来ない。

右譲渡禁止の特約が、賃貸借契約期間にともなう更新の際には、更新料を支払った上で賃借条件を更新することを定めたものとは認められないし、譲渡禁止の特約がなされたことが、当然に更新料の支払いに関する定めをしたものと解するべきであるという原告の主張は採用できない。

四  右事実によると、原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官星野雅紀)

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